櫻井百子 ― アトリエmomo
北海道札幌を拠点に活動する建築家・櫻井百子さん。
地域の気候や風土に寄り添いながら、行政や研究機関、工務店などと連携した住宅づくりを行っています。独立から15年、北海道各地で取り組んできたプロジェクトや建築に対する考え方について話を聞きました。
建築家としての歩み
—— まずは櫻井さんの活動について教えてください。
櫻井:
アトリエmomoの櫻井です。札幌で小さな設計事務所をやっています。独立して15年になります。
事務所の名前の「momo」は、私の名前から来ていると思われることが多いんですが、実はドイツの作家 ミヒャエル・エンデの小説『モモ』から取っています。
この物語には、廃墟のような劇場に住んでいる女の子のモモが出てくるんですが、彼女はとても「聞き上手」なんです。町の人たちがモモに話を聞いてもらうと、不思議と元気になったり、問題が解決したりする。
建築の仕事も、まずはクライアントの話を聞くところから始まりますよね。
だから「聞くこと」を大事にしたいと思って、アトリエmomoという名前にしました。
北海道というフィールド
—— 北海道各地で仕事をされているそうですね。
櫻井:
北海道は本当に広いので、札幌を中心に半径250kmくらいの範囲で仕事をしています。往復500kmくらいですね。
一番遠かったのは釧路や豊富町でしょうか。片道3時間半くらいの移動も、北海道ではわりと普通なんです。
北海道の面白いところは、同じ北海道でも気候がかなり違うことです。
例えば、風が非常に強い地域、年間15mも雪が積もる地域、夏は30℃、冬は−30℃になる地域、日照時間が極端に長い・短い地域など、本当にさまざまです。
さらに面白いのが、地域によってガス料金などエネルギー事情も違うことです。
そのため住宅のエネルギー計画も、地域ごとに考える必要があります。
厳しい自然環境と暮らし
北海道で仕事をしていると、よく「どうしてそんな厳しい環境に住むの?」と聞かれることがあります。
でも実際に地域を回っていると、住んでいる人たちは意外と自然環境をネガティブに捉えていません。例えば下川町では、日本で一番寒い日になることがよくあります。
−30℃を記録することも珍しくありません。
でも町の人たちは「今日は日本で一番寒い日だ!」
と、ちょっと誇らしげに話しているんですよね。
厳しい自然環境を「楽しんでいる」ような感覚があります。
建築家としては、その環境を敵にするのではなく、味方につける設計が大事だと感じています。断熱・気密をしっかり整え、室内が快適であれば、外の雪や風も「美しい風景」として楽しめる。北海道にはそういうポテンシャルがあると思っています。
下川町 環境共生型モデル住宅美桑
—— 最初の大きなプロジェクトは下川町だったそうですね。
櫻井:
はい。独立して最初に取り組んだのが、環境省のプロジェクトによる「環境共生型モデル住宅」です。2009年に始まったプロジェクトで、全国20地域、8つの気候帯ごとに環境配慮型住宅のモデルを作るという取り組みでした。
北は北海道下川町、南は沖縄宮古島まで、全国で展開されたプロジェクトです。

森林の町・下川町
下川町は北海道の北部に位置する町で、面積の約90%が森林です。FSC認証を取得している、森林資源の循環利用に力を入れている地域でもあります。
この町では、かなり早い段階から
・ゼロカーボン
・自然エネルギー
・環境共生住宅
などに取り組んでいました。
コンペに参加するには、町が主催する勉強会に参加する必要があり、森林組合や製材所などを案内してもらいました。
森から製材、建築までの流れを一つの町の中で見られることに、とても感動したのを覚えています。
当時の設計テーマは「はぐくむ・つながる・よりそう住まい」でした。
・人を育み、街も育む住宅
・人と街をつなぐネットワークの場
・土地の記憶に寄り添う建築
建物が主張するのではなく、環境に静かに馴染む建築を目指しました。
環境性能と設計
この住宅では
・地中熱ヒートポンプ
・ペレットストーブ
・高断熱・高気密
・地元木材の活用
などを組み合わせています。
特にこだわったのは開口部です。
省エネだけを考えると窓は小さくしたほうがいいのですが、
せっかく自然豊かな場所に建てるなら、景色を楽しめる住宅にしたい。
環境性能と風景の体験、その両方を大切にしました。
地材地消の建築
この住宅では、可能な限り地元の木材を使用しています。
木材が伐採されてから建物になるまでの輸送距離を示す「ウッドマイルズ」という指標がありますが、この住宅では157kmという非常に短い距離で建築が実現しました。
建物の98%の木材について、流通経路をすべて追跡しています。
建物だけではエコにならない
ただし、建物を作るだけではエコ住宅とは言えません。
住む人の暮らし方も大きく関わってきます。
例えば
・暖房をつけっぱなし
・水を出しっぱなし
・オーバーヒートして窓を開ける
こうした生活をしていたら、どんなに性能が高い住宅でも意味がありません。
そこで建物完成後、町の人と一緒に「暮らしの楽しみ発見塾」というワークショップを開催しました。餅つきや料理、ハーブなど、地域の人が先生になりながら、エコな暮らしについて考える場です。建築をきっかけに、人のつながりが生まれたのはとても嬉しい出来事でした。


南幌町みどり野「きた住まいるビレッジ」
—— 南幌町のプロジェクトについても教えてください。
櫻井:南幌町では「きた住まいるビレッジ」という住宅地の計画に関わりました。
南幌町は札幌からも比較的近い町なのですが、人口減少や住宅地の空き区画などの課題もありました。そこで、子育て世代が住みやすい住宅地をつくろうという取り組みが始まりました。
このプロジェクトでは、単に住宅を建てるだけではなく、
・住宅の断熱性能 ・エネルギーの使い方 ・コミュニティのつながり
なども含めて、新しい住宅地のあり方を考える計画でした。

「てまひまくらし」
きた住まいるビレッジの中で提案した住宅のひとつが「てまひまくらし」です。
この住宅では、暮らしの中で少し手をかけることを楽しむ住まいをテーマにしました。
例えば
・家庭菜園
・薪ストーブ
・外とのつながり
など、自然との距離が近い暮らしを想定しています。
北海道の住宅はどうしても室内中心の暮らしになりがちですが、少し外との関係を取り戻すような住宅にできたらいいなと思いました。
ゼロカーボンビレッジ
南幌町ではさらに、ゼロカーボンビレッジという取り組みも進められています。
これは住宅の省エネルギー化だけでなく、
・再生可能エネルギー
・地域エネルギー
・暮らし方
まで含めて、地域全体でカーボンニュートラルを目指すというプロジェクトです。
建築は単体の建物としてだけでなく、街や社会の中でどう機能するのかを考える必要があります。
住宅一棟の省エネだけではなく、地域全体の仕組みとしてエネルギーを考えていくことが、これからますます重要になってくると思っています。


建築に対する考え方
—— 櫻井さんが建築を設計するうえで大切にしていることは何でしょうか。
櫻井:
建築は単体で存在するものではなく、その土地の自然環境や文化、人の暮らしの中で成立するものだと思っています。北海道のように自然環境が厳しい地域では、建築の性能もとても重要です。でも同時に、その土地の風景や暮らし方に寄り添うことも大切だと感じています。
その場所で長く愛される建築をつくるためには、
環境・人・地域の関係を丁寧に読み取ることが必要だと思っています。
プロフィール
櫻井百子(さくらい ももこ)
建築家 / アトリエmomo 主宰
札幌を拠点に北海道各地で住宅・建築の設計を行う。
地域の気候や自然環境を生かした建築をテーマに、行政や研究機関とも連携しながら環境共生型住宅の設計に取り組んでいる。
